| ・水害作文集 より抜粋 |
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| 〜水害に負けるな、ファイトだ、ふなつっ子〜 海山町立船津小学校 | ||
・もうこんなことはないと思ったこと 6年 T・H 朝起きたら、雨がザンザン降っていました。 お父さんが、「こりゃ水害でるなー。」と言っていたので、 「どうせ尾鷲の国道の所は止って上里の方は浸かるんやろなー。」と思っていました。 でも、いつもなら裏の水は30センチぐらいなのに、この時は集中豪雨のせいで、 水がドンブラコッコと増えていきました。 「わーたまっとるー。」 と、始は笑っていたけど、水が上がって来ると、 「こりゃ、笑いごっちゃない。」と思い、家中をかけ回りました。 そのうち停電して何もかも見えなくて、 「どうなるんやろ。」と、思いました。 ちょうどその日、地震が来ると言って用意してあった荷物を持ちました。 そのほか、着がえをできるだけ持ちました。 とうとう玄関からも水が入ってきました。お母さんも仕事から帰ってきて、 家族全員が集まりました。 幸いお父さんは、仕事に行っていませんでしたが、もしお父さんがいなかったら、 私たちは怖い思いをしていたと思います。 そして、いはいを持って車で逃げました。もう私のひざの半分位まで、水に浸か りました。いつも通る道路が川と化し、すごいことになっていました。 往古川の近くへ逃げました。 トムソーヤの近くには、もう通行止めで丸太とかもありました。 堤防のほうを見ると、あと数メートルで越える位の水の量でした。 満潮と重なったらしく、水はドンドコ増えるし、雨はザンザカ降るし、 「もう死ぬかも知れん。」と思いました。 少しして、お父さんが、「よしっ、助けに行くわ。」 と言ったので、一力のとこらへんで、車からお父さんとカヌーを降ろしました。 私たちは、お父さんを降ろしてまた元の場所にもどりました。 いつもより時間がすごく長く感じました。 2時間位たっても、お父さんが帰って来ませんでした。 まさかの予感が頭の中をよぎりました。 「もし、お父さんが死んでしまったら・・・」 また一力の所へ行くと、お父さんが歩いて来ていました。 「無事でよかった。」と、思いました。 お父さんの話によると、おじいさんやおばあさんを5、6人助けたみたいです。 みんなで、「堤防が切れるー。」と言っていたけど、それはなくなってよかったです。 でももし堤防が切れて、水があふれていたら、家が全部浸かっていたと思います。
本当にえらいことになりました。 翌日、いろんな人が手伝いに来てくれました。 まず、玄関を片付けました。見れば見るほど、みんな死んでいました みんなかわいかったので 「これもこれもえーのに・・・。でも、ま、と思い、ゴミにする機会やし、捨てよー!。」 と思い、どんどんゴミにしていきました。ばあちゃんの部屋はなんとか片づきました。 こういう水害は初めてだったけど、それより家族が、無事でよかったです。 いつもの往古川は、雨が降らないと流れないのに、台風の集中ごう雨のせいで、泥の川に変身 していました。 もし、将来こんな水害が一度もなくて、自分がおばあさんになっていたら、孫達に話してや ろうと思います。 |
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| ・当時の気象情報を振り返って | ||
| 台風21号進路図 (気象庁発表) 九州、近畿、東海、関東、東北まで列島を縦断していった進路の様子が解ります。 |
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| 9月28日〜29日の三重県内の大雨に関する気象速報 21号 (津地方気象台) 当時の気象状況、降水量の詳細が解ります。 |